「不登校の子どもを支えるのに疲れた…」
そう感じてしまう自分を責めていませんか?
不登校になったばかりの頃は、
- どうしたら学校へ行けるのか
- 原因は何なのか
- 明日は行けるのか
そんなことばかり考えていました。
でも、不登校が長引くと少しずつ状況が変わってきます。
わが家も最初は毎朝「今日は行けそう?」と聞いていました。
けれど、次第にそれも聞かなくなりました。
「今は学校へ行くことより、この子が安心して過ごせることが大事」
そう思うようになったからです。
ただ、その頃から別の疲れが出てきました。
子どもはもちろんつらい。
でも支える親も疲れることがあります。
今回は、不登校が長期化した中で私自身が感じたしんどさについてお話しします。
不登校が長引くと親も覚悟を決める

不登校になったばかりの頃は、親も必死です。
- 声かけを変えてみる
- 先生に相談する
- スクールカウンセラーにつなぐ
少しでも学校へ戻れる方法を探します。
でも長引いてくると、
「今は学校へ行くことより、まずは安心して過ごせることが大切かもしれない」
と思うようになりました。
わが家も毎朝の声かけをやめました。
「今日は学校どうする?」
と聞かなくなったのです。
もちろん諦めたかったわけではありません。
ただ、親も子どもも毎日苦しくなっていたからです。
その頃から、
「この状態でしばらく過ごしていこう」
と親自身も覚悟を決めたように思います。
ですが、学校のことを考えなくなったからといって楽になったわけではありませんでした。

不登校の親も疲れると感じたこと

きょうだいへの声かけに気を使う
意外としんどかったのが、きょうだいとの会話です。
学校へ行っている子には、
- 宿題やった?
- 明日の準備した?
- テストどうだった?
と自然に声をかけます。
でも不登校の子が近くにいると、
「この話をして大丈夫かな」
と思うことがあります。
逆に学校へ行っている子を褒めたつもりが、
「学校へ行っている方が偉い」
というニュアンスになってしまい反省することもありました。
不登校の子にも、学校へ行っているきょうだいにも気を使う。
親自身も言葉選びに疲れてしまうことがあります。

不登校の子ばかり気にしてしまう
不登校になると、どうしてもその子のことが気になります。
今日の様子はどうか。
少し元気そうか。
何か不安そうなことはないか。
そうしているうちに、
学校へ行っているきょうだいを後回しにしてしまっている気がすることもありました。
実際にわが家でも、
「お姉ちゃんだけずるい」
という言葉が出たことがあります。
どちらの子も大切なのに、どうしてもバランスが難しい。
そんな悩みもありました。
「何かあったの?」に答えられない
不登校になると周囲から聞かれることがあります。
「何かあったの?」
「いじめ?」
「先生とトラブル?」
でも正直、親にもよく分からないことがあります。
わが家の場合、
- いじめではない
- 先生とのトラブルでもない
- 友達関係でもない
でも行けない。
だから、
「なんか行けないみたいなんです」
としか答えられませんでした。
隠したいわけではありません。
でも説明できない。
そのことが苦しかったです。
近所の人の目が少し気になる
不登校は恥ずかしいことではありません。
今でもそう思っています。
でも、
- 平日の昼間に家にいる
- 登校時間に出かけない
- 買い物に一緒に行く
そんな姿を見られると、
「あれ?」
と思われているのではないかと感じることもありました。
実際には誰も何も言っていないかもしれません。
それでも親自身がまだ状況を整理できていないからこそ、気になってしまうことがありました。
将来への不安が消えない
子どもが家で笑っている日もあります。
好きなことを楽しんでいる日もあります。
それでも、
- このままで大丈夫かな
- 勉強はどうなるんだろう
- 高校へ行けるのかな
という不安は消えませんでした。
今だけを見れば元気そう。
でも将来を考えると不安になる。
そんな気持ちを何度も繰り返していました。
関連記事:
▶︎「不登校で勉強しないと将来どうなる?高校に行けるのか不安になる親の本音」

一人の時間がなくなった
わが家は不登校をきっかけに仕事を辞めました。
子どもと一緒にいることを選んだからです。
でも実際には、
- 常に誰かが家にいる
- 一人でぼーっとする時間がない
- 家にいても気が休まらない
そんな状態が続きました。
子どもが悪いわけではありません。
ただ、親にも休む時間は必要だったのだと思います。
子どものつらさを支えながら、親も疲れていた

不登校で一番つらいのは子どもです。
学校へ行けない苦しさや不安は本人にしか分かりません。
だからこそ、
「親が疲れたなんて言ってはいけない」
と思っていました。
でも今振り返ると、親も疲れていました。
子どもの将来を心配し、
周囲との関係に悩み、
きょうだいへの接し方に迷い、
毎日気を張っていました。
子どもの苦しさと親の苦しさを比べる必要はありません。
どちらも本物だったのだと思います。
親が倒れてしまわないために必要だったこと

不登校が長引くと、子どものことばかり考えてしまいます。
でも親が倒れてしまったら、支えることも難しくなります。
私自身、
- 一人の時間を作る
- 誰かに話を聞いてもらう
- 「疲れた」と認める
ことが必要でした。
親だから疲れないわけではありません。
子どもを大切に思っているからこそ疲れることもあります。
もし今、
「もうしんどいな」
と思っているなら、それは頑張ってきた証拠です。
子どもだけでなく、親自身の心も大切にしてくださいね。
まとめ

不登校が長引くと、親も少しずつ疲れていきます。
- きょうだいへの声かけに気を使う
- 不登校の子ばかり気にしてしまう
- 「何かあったの?」に答えられない
- 近所の人の目が気になる
- 将来への不安が消えない
- 一人の時間がなくなる
子どものつらさを支える中で、親もまた頑張り続けています。
「親も疲れることがある」
それを認めることは決して悪いことではありません。
まずは親自身も無理をしすぎず、少しだけ休むことを許してあげてください。


