義母の言葉に、ふとモヤっとすることはありませんか?
たった一言のはずなのに、なぜか心に引っかかってしまう。
その場では何も言えなくても、後から思い出して
「なんであんなこと言うんだろう…」
と考えてしまうこともあります。
もしかすると、義母の言葉そのものが悪いというよりも、これまでの積み重ねで、すべての言葉が引っかかるようになってしまったのかもしれません。
私自身、同居をしている中で、義母の何気ない一言が気になるようになりました。
今回は、同居嫁として感じた「義母の一言がいちいち引っかかる瞬間」について書いてみたいと思います。
義母の「一言多い」と感じる瞬間
義母の言葉は悪気がないことも多いですが、「一言多い」と感じてしまうこともあります。
同居していると、何気ない一言が心に引っかかることも少なくありません。
義母の「出歩くの好きね」にモヤっとする
「出歩くの好きね」と義母に言われることがあります。
でも実際は、遊び歩いているわけではありません。
むしろ逆で、義母が家にいるから外に出ているということもあります。
同居していると、家にいるだけで気を使うこともあります。
だから少し外に出ているだけなのに、まるで「遊び歩いている人」のように言われると、正直モヤっとしてしまいます。
「どこ行ってたの?」と聞かれるストレス
外出から帰ってくると、「どこ行ってたの?」と聞かれることがあります。
悪気はないのかもしれません。
でもそのたびに
「言う必要ある?」
「関係ないよね」
と思ってしまうこともあります。
同居していると、こうした何気ない質問でも監視されているように感じる瞬間があります。

「トイレ流さなくていいから」にモヤっと
節約のつもりなのか、「トイレ流さなくていいから」と言われたこともあります。
でも正直、
臭いし…汚いし
と思ってしまいます。
しかも、生活費を払っているのはこちら。
節約を押し付けられているように感じてしまうこともあります。

「ママにおばあちゃんと出かけてくるって言っておいで」
子どもに向かって「ママにおばあちゃんと出かけてくるって言っておいで」と言うこともあります。
でもそのたびに思います。
それ、直接言ってくれればいいのに…?
「自分から私に了解とってよ」
子どもを通して許可を取るような形になると、イヤな気分になります。
義母は恐らく、私が子供を連れていくことをよく思っていないことを感づいているのです。
私に直接「連れて行っていい?」と聞くと、いい返事がない。
でも子供に先に「一緒に行こうか?」と伝えれば子供は行きたがる。
なんだか嫁と姑で子供の取り合いでもしてる気分になりますが、いい気分ではありません。

「一緒に住んでるんだから」
同居していると、義母から「一緒に住んでるんだから」と言われることがあります。
でもこの言葉、状況によっては
- 嫁の物も自由にしていい
- 嫁の部屋も自由に入っていい
という意味に聞こえてしまうこともあります。
同居だからこそ、お互いの距離感が大切だと思うのですが、なかなか難しいものです。
全てにおいて「そんなに悪気のない一言」も色々あるからこそ、余計な一言に感じてしまいます。

「よかれと思って」が一番つらい
義母の言葉の中で、意外とつらいのが「よかれと思って」という言葉です。
確かに、悪気はないのかもしれません。
でも正直な気持ちは、「よかれと思わないで」だったりします。
頼んでいないことをされて、その結果困ることもあります。
でも「よかれと思って」と言われると、こちらも何も言えなくなってしまうのです。

「そんなこと」と言われると傷つく
こちらが悩んでいることを話したとき、「そんなことで」と言われることもあります。
でも、あなたにとってはそんなことでも、私には大きなことなのです。
同じ出来事でも、立場が違えば感じ方も違います。
それを軽く言われると、やっぱり傷ついてしまいます。
「この子が生まれたのは神様のおかげ」にモヤっと
子どもが生まれたとき、義母に
「この子が生まれたのは神様のおかげ」
「神様に守られてる」
と言われたことがあります。
もちろん、そういう気持ちで言っているのかもしれません。
人の宗教心に口出しする気もありませんが、なんだかイヤな気持ちになりました。
でもその時、ふと思ったのです。
「いやいや、私のおかげでもあるよね…?」
「まず元気な子を産んで頑張ったね」
「孫をありがとう」
とか言ってよ汗
命が生まれることは奇跡かもしれません。
でも、体を張って産んだのは私です。
そんな気持ちが、心の中に浮かんでしまいました。
「息子を親不孝にしたくないから同居した」
義母に「息子を親不孝にしたくないから同居した」と言われたこともあります。
でもその時、ふと思いました。
私は自分の親と一緒に住んでいないけど、親不孝なの?と。
言った本人に悪気はないのかもしれません。
でも、言われた側は複雑な気持ちになることもあります。
義母が嫌いになると、すべての言葉が引っかかる
今思うのは、
もし義母のことが好きだったら、ここまで言葉に引っかからなかったのかもしれない、ということです。
でも、いろいろな出来事が積み重なっていくと、
義母が何か言うたびにモヤっとする
ようになってしまいます。
そして、そのたびに思ってしまうのです。「同居なんてしなければよかった」と。
まとめ
義母の一言は、悪気がないことも多いのかもしれません。
でも同居していると、
- 小さな言葉
- 何気ない一言
が、積み重なって大きなストレスになることもあります。
「一言多い」と感じてしまうのは、その言葉だけが原因ではなく、
これまでの関係や出来事の積み重ね
なのかもしれません。
同居は、家族だからこそ難しい距離感があります。
だからこそ、自分の気持ちを守ることも大切なのではないでしょうか。

