「それくらい自分でやればいいのに…」
同居をしていると、夫に対してそんなふうに思ってしまうことはありませんか?
子どもがお腹を空かせれば義母に頼る。
自分の洗濯物もそのまま。
何かあればとりあえず母親に聞く。
もちろん夫に悪気はないのでしょう。
でも私は、その姿を見るたびにモヤモヤしてしまいます。
結婚したのに。
もういい大人なのに。
なぜそんなに母親を頼るのだろう。
この記事では、義母に頼り続ける夫にイライラしてしまう理由や、同居嫁だからこそ感じる本音についてお話しします。
義母に頼る夫を見るとモヤモヤする

夫が義母に頼る姿を見るたびに、私は複雑な気持ちになります。
それは嫉妬ではありません。
義母が嫌いだからでもありません。
ただ、「自分でできることまで頼る必要があるの?」と思ってしまうのです。
子どもが「お腹すいた」と言うと、
夫は「おばあちゃんに何か作ってもらっておいで」と言います。
そのたびに私は思います。
「いや、あなたが作ればいいんじゃない?」と。
夫は何もしないのではなく、困っていない

同居をしていて気づいたことがあります。
夫は何もしないのではなく、何もしなくても困っていないのです。
ご飯は誰かが作る。
洗濯は誰かがする。
掃除も誰かがやる。
夫がやらなくても生活が回ってしまう。
だから、やらなくなる。
これは夫だけの問題ではなく、同居という環境の問題でもあるのかもしれません。

結婚しても実家暮らしの延長に見える

私が特にモヤモヤするのは、結婚したのに夫の生活があまり変わっていないように見えることです。
もともと実家暮らし。
家事は母親。
困ったら母親。
そして結婚後も同居。
夫からすると自然な流れなのかもしれません。
でも私からすると、結婚して家庭を持ったのに、まだ母親中心の生活を続けているように見えてしまうのです。
私に遠慮しているのかもしれない

夫を見ていると、私に頼むのは申し訳ないと思っているようにも感じます。
忙しいだろう。
大変だろう。
そんな気遣いがあるのかもしれません。
でもだからといって、義母に頼るのは違う気がするのです。
本来なら自分でやるべきこと。
夫婦で話し合うべきこと。
それを義母に頼ることで、いつまでも親子関係が中心のままになっているように感じてしまいます。
義母も嬉しそうに引き受ける

そしてもう一つモヤモヤする理由があります。
それは義母も嫌そうではないことです。
むしろ、頼られることを嬉しく思っているように見えることがあります。
もちろん親としては自然な感情なのかもしれません。
でも嫁の立場からすると、「やっぱり私がいないとダメなのね」と言われているような気持ちになることがあります。
夫が頼る。
義母が応える。
その親子のやり取りを見ていると、自分だけが外側にいるような感覚になるのです。
洗濯物をそのままにしても意味がなかった

ある時、私は夫の洗濯物をあえてそのままにしていました。
自分でやってほしかったからです。
気づいてほしかったからです。
でも結果は変わりませんでした。
義母が洗ってしまったのです。
夫は困らない。
義母も満足。
でも私はモヤモヤする。
誰も悪いことをしているわけではないのに、なぜか私だけが疲れていく。
そんなことが何度もありました。
本当に嫌なのは義母ではなく夫かもしれない

考えてみると、私がイライラしている相手は義母だけではありません。
むしろ、夫に対する気持ちの方が大きいのかもしれません。
自分でできることをしない。
母親に頼る。
困っていないから変わろうとしない。
そんな姿を見るたびに、「結婚した意味って何だったんだろう」と思ってしまうことがあります。
夫が義母に頼ることで嫁だけが孤独になる

夫にとって義母は母親です。
頼ることに違和感はないのでしょう。
でも私にとって義母は義母です。
夫と同じようには考えられません。
だからこそ、夫が義母を頼れば頼るほど、私は取り残されたような気持ちになります。
夫婦で家庭を作っているはずなのに、気づけば夫と義母の親子関係が中心になっている。
そんな感覚になることもあります。
まとめ|義母に頼る夫を見ると夫婦になれていない気がする

義母に頼る夫が嫌なのは、単に家事をしないからではありません。
結婚したのに、家庭を持ったのに、まだ母親を頼り続けているように見えるからです。
もちろん夫にも事情はあるでしょう。
義母にも悪気はないのでしょう。
それでも、「それくらい自分でやればいいのに」と思ってしまうのが本音です。
もし同じようにモヤモヤしているなら、その気持ちは決しておかしなものではありません。
同居だからこそ見えてくる親子関係に、複雑な気持ちを抱えている嫁は少なくないのです。

